決める人がいるなら決めてほしい、いないなら決めるけど

物事を決めるべきロールにいるのにそのことを認識してないのか、決められないのかわからないが、決められない人というのがいるのだと最近になってわかってきた。
決められないならこちらで決めてもいいけど、それだと責任関係でおかしくならない?大丈夫そ?と言いたくなる案件がたまにあって頭を抱えたくなる。決められないのにグダグダと判断ポイントについて話し合うことなどもあり、何のための時間を過ごしているのかわからなくなる。

決める人がいるなら可及的速やかに決めてほしい、いないなら決めてもいいけど文句は言わんといてほしい。そんな気分で最近は仕事をしている。

専門分野と専門外分野、にじみ出し

最近考えて実践していることとして、専門分野とあわせて専門外分野の情報収集と手を動かすこと、行動するということがある。

自分はインフラエンジニアからSREを経て、情シスエンジニアも経由して経営者もやっているというざっくりとしたキャリアの流れがある。
この中でもインフラ分野は10年以上の経験になった。またChefやAnsibleなどの自動化分野についても少なく見積もっても5年以上10年未満の経験となった。これらは自分の専門分野と言っていいと思っている。

専門外の分野に興味を持つことが非常に重要と考えるようになった。経営者になり、自社や自分の技術分野、事業分野について意識する日々を送る上で専門分野を広げていこうという思考になったのは自然なことと感じている。

自分の場合、専門外の分野として医療情報について情報収集と手を動かすこと、行動することをしている。しかしこれはすでに実案件としていくつか動いているものがあるため専門外とは言いにくい状況となった(うれしい)。
新しく他の専門外分野にも興味持ち始めたいと考えているが、こうした考えになると情報収集の感度が上がるし、情報収集に対してオープンな姿勢になっていくのを感じていて素晴らしいことだと思う。

例えば、鉄道や航空といった交通系のシステムや業務について情報収集と手を動かすこと、行動することをやってみたらどうだろうか。少なくとも人脈は広がっていくだろう。
専門外とまでは言えないけど、例えばネットワークだと一般家庭利用、企業利用についてはある程度わかっていても、プロバイダ事業についてはわかっていない。参入するとしたらどのような手続きと設備投資と運用が必要なのだろうかと調べると知らないことの宝庫だ。自分たちが普段享受しているネットワークアクセスなのにも関わらずだ。
同様にクラウドコンピューティングの利用は素晴らしいと思うが、クラウドコンピューティングを支える技術や運用について知ろうとすると、知らないことの宝庫だということに気がつく。
クラウドコンピューティングや生成AIの普及により、自分で仕組みを考えたり想像したり、手を動かす余地が奪われていることについては危機感を覚えるし、それだけに深く掘り進めていくことそのものが楽しく、価値につながると思うようになった。

ところで、にじみ出しと言う言葉は下記の意味のようだ。

「滲み出し(にじみだし)」とは、液体がじわじわと染み出て広がる様子や、感情・考えが自然に表に出てくることを指す

専門分野の知識と技術をもとに、専門外分野に領域を広げていく様子がにじみ出しのようだなと感じた。

このようなことを考えていると、未開拓の専門外分野は山のようにあるわけだし、まだまだAIに仕事を奪われるなんていう発想には至っていない。奪われても気にせず低レイヤーに潜って行き続けようと思う。

タッカンマリをよく作るようになった

この数年、寒くなると寸胴鍋か土鍋でタッカンマリを作るようになった。このレシピを見て作っている。水炊きの最強版だと思っている。

我が家では2-3日近くこれを食べ続けることができるし、その間にどんどんとスープが濃くなり、鶏肉はホロホロになっていく。スープで麺を作ってもいいし、最後はごはんで締めるのもあり。一度作るとまた作りたくなるので、とてもおすすめである。

r.gnavi.co.jp

旧自作PCでローカルLLM

自作PCUbuntuをインストールして、Windowsデュアルブートにした。
そこらへんに転がっていたNVIDIA TeslaをPCIeに刺してOllamaインストールした。これで暖が取れそう。
Ubuntuでの古いグラフィックボードのドライバ管理面倒だということを初めて知った。

物理マシンを通して、どんどん低レイヤーの知識獲得につながるように感じていてとても楽しい。

鉄は熱いうちに打て(コミュニケーションのタイミング)

自分より忙しそうな人や、他社の人が返事を返してくれたことに気がついたら即レスを心がけるようにしている。

今返さないでおくことももちろんできるのだが、相手が次にいつ自分の返事に気を向けてくれるかわからない。また、相手が通知を巡回するタイプなのか、その人の中での重要度に応じて順次反応するタイプなのかなど、相手が通知をどのように処理するのかはもちろん相手に委ねられている。
とはいえ、相手が反応をくれた直後であれば何かしらリアクションが返ってくる可能性が高いのではないかと思ってこのような行動をしている。
統計はとってないので、正確なところはわからないが、即レスしてくれる人は仕事ができる人が多いような気がしている。(超多忙な人は除く

質問をするときは、どうしてその質問をするのかも合わせて聞く

他の人がSlackで投稿した質問を見ていて、それだと欲しい回答を得られるんだろうか?と思って指導というか補足をしてもらうことがあった。

 

(組織が違うなど、文化や音楽性の違いなど様々な理由により)コンテキストが失われた結果、相手方に行間を読ませてしまったり、望んでいない方向の回答を得るかもしれない。
特にチャットではやりとりの往復回数が増えてしまい、質問する人もされる人もお互いに不幸になりうる。
聞きたい対象についての認識をできるだけ合わせるために略語や、省略はされるべきではないと自分は考える。略語を使って良いのは、組織内でその略語についての認識が合うことに確信があるときだけだと思っている。

自分は望んでいる方向の回答を得るために、どうしてその質問をするのかを(可能な限り)添えるようにしている。